| 編集日記 |
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[2001年12月30日]
もうすぐ2001年も終わります。21世紀の最初の年、皆さんにとってどのような1年だったでしょうか? 僕にとっては、総合的にはまずまずの年だったと思います。いろいろと新しい経験ができた1年でもありました。うまく行った事もありますし、うまく行かなかった事もあります。
まず、1月に発足した「祝島ネット21」は、まずまずの成果を上げたのではないかと思います。夏の「不老長寿マラソン」や秋の遠足などのイベントはなかなか好評でした。(マラソンの準備は、かなり大変でしたが・・・。)来年の大会では、ぜひ僕も走ろうと思います。文化的な活動としては、なかなか進みませんでしたが、来年のカレンダー作りが進行中です。来年は、島の歴史のまとめやガイドブック作りなどにもっと力を入れたいと思います。
さて、次に徳山のパソコンスクールの方ですが、こちらは諸事情により、12月で閉校ということになりました。経済情勢が悪化しているうえに、無料のIT講習の方に初心者が行ってしまった、という事情はありますが・・・。しかし、このスクールのインストラクターをやったことにより、いろいろな人との繋がりができたし、経験を積むこともできました。また、来年からは、徳山に僕個人が運営する形で小さいながらパソコン教室を作らせてもらえることになりました。徳山動物園の近くですので、ぜひおいでください。(^^)僕は祝島と本土を行ったり来たりの生活なので、常駐するわけではありませんが、まあ、徳山に1つ活動の拠点ができたと思っています。
ということで、収入面ではちょっとつらい1年でしたし、来年はもっと大変になるかも知れません。でも、「捨てる神あれば拾う神あり」で、この秋から、某大手メーカーから仕事の依頼があり、来年も引き続いてやれそうな雰囲気です。こちらの仕事はパソコンとインターネットさえあれば可能なので、祝島でもできます。こういう仕事を増やしていきたいですね。
それから、一部の方にはこれが一番興味があるかもしれませんが、「嫁さん探し」の件は、今年はサッパリでした。スミマセン。m(__)m。
さて、話は少し変わりますが、近いうちに祝島ホームページの引越しを計画しております。既に祝島ドメインを取得済みです。今まではniftyのサービスを使っていましたが、自分の分だけではサーバ容量が足りないので、同級生の分も使わせてもらっていました。ホームページの管理が煩雑なうえ、写真なども小さいものしか載せられず、最近、祝島のおばさんたちからも「こま過ぎて顔が見えん!」と苦情(^^;も出ていたので、思い切ってレンタルサーバを使うことにしました。サーバ容量も大幅に増強されるし、今までできなかった試みもやれると思いますので、楽しみにしていてください。ただ、レンタルサーバは当然有料なので、運営費を捻出するためにバナー広告なども入れると思いますが、その点はご容赦とご協力をいただきたいと思います。
[2001年12月25日]
クリスマスと言っても、祝島ではほとんど実感が湧きません。イルミネーションがあるわけでもなく、ジングルベルもまったく聞こえてきません。(^^; 2年前のクリスマスイブは、15年間勤めた会社を辞めた日でした。ミレニアム退社などと言っていましたが、あれからもう2年も経ってしまったんですねー。特に感慨深いということも無いのですが、月日の経つのは早いものだと改めて思います。
昨日、重村さんのところでコッコーの実をいただきました。コッコーの果実酒を造って、来年の夏には民宿のお客さんにサービスすることができそうです。
話はコロコロ変わりますが、今日のニュースで「山口きらら博」が6億円の黒字だったと伝えていました。二井知事は「ボランティアの皆さんと観客の皆さんの一体感が良い結果をもたらしたと思う」と話していました。「まちおこし」もこれと同じことが言えるでしょう。住民全体の一体感と盛り上がりがあって、初めて実現すると思います。予算はそれほどなくても、「まちおこし」に参加することが楽しくてしかたなければ、いろいろなアイデアや人材が出てきて、きっと成功します。住民も毎日明るく元気に過ごせるでしょう。
逆に、いくら予算があっても、住民が一体となれない「まちおこし」は、単なる金の無駄遣いに終わる可能性が高いでしょう。そして残るのは住民の対立と、ほとんど役に立たない建造物の維持費のための借金、ということになりかねません。原発誘致による町づくりなどという20年も前の古臭い(そして最悪の)アイデアをいつまでも引きずっている限り、上関町の住民は苛立ちと不安から逃れられないのではないでしょうか。
[2001年12月10日]
今日は「いわい」が中間検査でお休みのため「わかしお」が運航しました。「わかしお」に乗ったのは、今年何回目でしょうか。結構乗っているような気がします。もしかすると「わかしお」の運航した時は必ず乗っているのではないかと思います。別に「わかしお」が好きだから乗っているのではなく、たまたまそういう巡り合わせになっているのですが・・・。
「わかしお」に乗ると、イス席が少ないので、たいてい座敷(カーペット敷きの板の間)に座ることになります。最初は「体育の座り方」をしますが、だんだんお尻が痛くなって、結局最後は寝そべった状態になります。「わかしお」の良いところは、少しくらい居眠りしても、寝過ごすことがないことです。「いわい」だとスピードが早いので、四代あたりで居眠りすると、気がついたら上関に着いていたりして、あせって飛び降りたりしますが、「わかしお」だと、一眠りして目覚めてもまだ蒲井あたりだったりします。(^^;
夏だったら、客室の屋根に出ると潮風がとても気持ちよく、周りの景色や海をよく観察できます。「いわい」に比べるとスナメリを見かける機会もずっと多くなります。
でも、やっぱり「今日は「わかしお」で」と言われたらガックリします。やっぱり「いわい」の快適さには勝てません。
[2001年12月7日]
ここのところ妙に忙しい日が続いています。忙しい割には、収入は少ないのですが・・・。まさに「貧乏暇なし」状態です。たまには温泉にでも入って、ゆっくりしたいものです。そういえば、先日、同級生のヒロシはリフレッシュ休暇で会社を1週間休んで、湯布院の温泉に行っていたらしい。うらやましい限りです。
小田原にいた頃は、箱根の温泉が近かったので、箱根湯本の「かっぱ天国」という露天風呂によく行ったものです。懐かしい。会社を辞めてもうすぐ2年になります。なんと時の経つのは早いものですねー。
[2001年12月3日]
早いもので、今年ももう師走になりました。この1年もあわただしく暮れようとしています。昨日は、島の子供達や先生たちと一緒に駅伝に出ました。850mの最短区間でしたが、上り坂がきつくて、しかも前日の飲み過ぎが効いていて、走り終わった後は、吐きそうでした(^^;。これから忘年会シーズンです。皆さん、飲みすぎには十分気をつけましょうね。
気をつけなきゃいけないといえば、もう一つ。コンピュータウイルスです。最近、僕の周囲でも、かなり感染しているようで、毎日1通は必ずウイルスらしきメールが届きます。くれぐれもご注意を!
[2001年11月13日]
11日の学習発表会が終わり、ホッと一息ついています。じつは、職員・有志の劇「祝島版・水戸黄門」に<手下2>の役で出演したのです。昨年と同じような役だったんですが、少しだけセリフが増えていて、これがなかなか覚え切れなくて、結局本番でも途中でド忘れして、<手下1>役の川口先生のフォローに助けられました。川口先生、どーもどーも。(^^; 自分の物覚えの悪さを思うと、子供達の記憶能力は驚異的ですね。
この日、夕方から夜中にかけて、近所の品川さんのところでずーっと飲んでいました。品川のオバチャンは今、神奈川県に行っているので、会ったのはたぶん二十年ぶりくらいでした。小さい頃、僕はよく品川さんのところに遊びに行って、品川家の兄弟の皆さんには、とてもかわいがってもらいました。当時(4歳時)の写真を出してみたら、品川さんの家で撮った写真が何枚かあります。これが自分で言うのもなんだけど、笑っている写真はものすごく可愛いのです。(^^; でも、笑っていない写真はどれも顔をしかめていて、なんだか憎たらしい顔です。そのうち、何かの機会にこのホームページで披露してみたいと思います。ただ、この頃の写真には、なぜかチンズラだったり、サルマタ一丁だったりしているのが多いです...。
さて、11月になって、黒磯さんの「ことしおHomePage」、木村先生の「おらがホームページ」と相次いでデビューしましたね。どちらもとっても面白くて、読みごたえがあります。「ことしおHomePage」には「祝島ホームページの歩き方」などというコーナーまであります。このコーナーを読むときは、結構ドキドキしながら読みました。読み終わったあと、「黒磯さん、苦労をわかってくれてアリガト〜!!」と、ついつい画面の「ことしお」ボタンに向かって拝みました。(^^;
[2001年11月4日]
11月23日に遠足道復活記念?に「秋の遠足」をやることになりました。今日、木村先生と二人でカマやノコを持って、予定のルートを草刈りをしながら歩いてきました。今日は三浦側から登って、カタアに出ましたが、「秋の遠足」では逆コースをたどる予定です。
行く先々で、木村先生は僕の知らない岩石の話や植物の話をしてくれ、とても勉強になります。子供の頃に木村先生に教わっていたら、ずいぶん詳しくなっただろうと思います、この歳になると物覚えが悪くて、聞いてもすぐに忘れてしまいます。(^^;
祝島の秋をもっとも鮮やかに彩るのは真っ赤に色づくハゼの木です。でも、こうして山歩きをしていると、赤や紫や黄色のいろんな実があちこちで見かけられ、ひかえめながらもじつにカラフルに秋を演出しています。
23日の遠足は、11時スタートで夕方4時頃には帰ってくる予定なので、島外からも日帰りで参加できます。参加費は無料、弁当は各自持参、受付は当日でOK。集合場所は「えべす商店」の前です。ぜひたくさんの人に参加していただきたいです。
[2001年10月11日]
久しぶりに編集日記を書きます。(^^; 僕の大好きな川上健一という作家の11年ぶりの新作「翼はいつまでも」を読みました。川上氏の作品の登場人物はとても生き生きとしていて、躍動感に溢れています。作品を読んでいる間、僕の頭の中を彼らが元気に駆け回っていて、ついつい時の経つのも忘れて一気に読んでしまいます。僕のおすすめ作品は、デビュー作で小説現代新人賞を受賞した「跳べ、ジョー!B・Bの魂が見てるぞ」と、「ららのいた夏」です。ぜひ一度、読んでみてください。
7月から祝島の対岸の室積にアパートを借りています。10月から室積地区でもフレッツADSLのサービスが始まりましたので、さっそく契約しました。速くて使い放題なので、なかなか快適ですよ。県内の市部ではサービスが開始されていますが、郡部でのサービス開始は来年以降とのことなので、祝島ではまだ使えません。
[2001年3月16日]
「祝島ホームページ」が誕生して、4周年を迎えました。この4年間、とてもうれしかったこともあり、とても辛かったこともあり、ある意味ではとても充実した4年間であったし、また、めまぐるしく環境が変わった4年間でもありました。このホームページのおかげでいろいろな人と出会うこともできました。まだはっきりとは見えない何かに向かって進んでいるような気もするし、何かに流されて生きているような気もするし、来年の今ごろは自分が何をしているのか、さっぱり見当がつきません。でも、そういう状況も結構楽しかったりします...。(^^;
[2001年3月9日]
ここのところ、いろいろと忙しくて、気がついたら39歳になっていました。(^^; 40の大台まであと1年か..ウーム。人生の折り返し地点も近づいてきました。(いちおう80歳までは生きるつもりでいる...。)
ところで、3月5日から今日までの5日間、上関町の第1回IT講習会の講師をやっていました。できるだけわかりやすく、楽しく覚えられるように努力したつもりですが、20名の受講生の皆さん、どうだったでしょうか? 受講生の方がご自宅でインターネットを始めて、電子メールを送ってきてくれる日を楽しみに待つことにしましょう。中には、明日さっそくパソコンを買いに行くという気合の入った方もいらっしゃったので、案外早くメールが届くかもしれません。
講習の中では、上関町内のホームページも見てもらっているので、もちろんこの祝島ホームページや祝島中学校ホームページもご覧いただきました。これを機会に、当ホームページの常連さんが増えてくれたら、うれしいですね。
[2001年1月12日]
いよいよ21世紀になりました。遠い未来と思っていた21世紀ですが、いざそうなってみると、今の日本は何かが急に変わることもなく、しばらくは20世紀を引きずっていく気がします。これから徐々に変わっていくのでしょうが...。21世紀は国や自治体や会社にはあまり期待せず、自分達の力で切り開いていくという気持ちでいた方が良さそうですね。
毎年そうなのですが、年の初めには「今年はこんなことをやっていこう」という新たな計画なり誓いなりを立てる方も多いと思います。私も毎年10個くらいの目標を立てますが、半分も達成できれば良い方です。(^^; でも、何も計画立てないとダラダラと過ごしていくタイプなので、いちおうは何か計画を立てておいた方が、それなりに努力するようです。
私の今年の大きな目標は、昨年末に徳山に開校したインターネットビジネススクールの運営を軌道に乗せることと(営業的にという意味もありますが、社長との約束であった週休3日を実現することも目標です。)、「祝島ネット21」の組織を固めて、こちらの運営もうまくやっていくことです。そうそう、前世紀から持ち越した、「嫁さんを見つける」という宿題も残っていました...。まあ今世紀中には、なんとか...。(^^;
[2000年12月26日]
徳山に来てあっという間に2週間が経ちました。スクールの方は予定通り18日に開校できました。インターネットの無料体験や500円体験レッスンもやっていますので、徳山近辺の方は、気軽に遊びに来てください。いちおう来られるときは電話で連絡をしてください。フリーダイヤル0120−33−1540です。お待ちしています。(^^)
この土日は久しぶりの休みで、祝島に帰りました。元々あれこれと予定していたのですが、島に帰るとあっちに呼ばれ、こっちに呼ばれ、おまけに火事まで起こって、ブチ忙しかったです。有馬記念も見ることができませんでした...。(いちおう馬券はパソコンで買いましたが。)
さて、まもなく20世紀も終わり、21世紀を迎えます。皆さんは21世紀の祝島はどんな島であって欲しいでしょうか? 豊かな青い海があり、緑の山があり、おいしい魚が釣れ、おいしい空気があり、のんびりと過ごせる時間と空間があり、みんなで支えあっているコミュニティーがあり、活気にあふれ、若者が働き、子供が増え、いろんな祭りも復活し、・・・そんな祝島であればいいなぁと思います。しかし、現実は厳しいです。今、島に住んでいる人たちだけでは、どんなにがんばっても限界があります。でも、島の人と、島の外にいる出身者の皆さん、そして祝島を愛するすべての人達がまとまって協力すれば、もしかしたら何とかなるのではないかと思います。誰もが21世紀の祝島の島づくりに参加できるように、それを支援する組織「祝島ネット21」を作ろうと考えています。そのために、既に多くの人が動いてくれています。設立は2001年1月1日の予定です。
[2000年12月3日]
突然の話ですが、12月18日に徳山に開校予定のインターネットビジネススクールにインストラクターとして参画することになりました。これからは、徳山と祝島を行ったり来たりという生活になります。スクールもスクールを運営する会社も、これから新たに設立ということで、いろいろと大変ではありますが、きっと貴重な体験になることでしょう。当面はほとんど徳山にいて、祝島には日曜日くらいしか帰れないかもしれませんが、インストラクターの数もそろって、スクールの運営が軌道に乗ったら、週のうち、3日は徳山、3日は祝島、1日は上関&柳井という形で動ければいいなあと思っています。
せっかく徳山に行くのですから、祝島の宣伝もしっかりやろうと思います。できれば、夏に「祝島アウトドア&インターネット教室」を開講して、親子で祝島にいろいろな体験をしに来てもらったらいいなぁ、などと考えています。
それから、徳山でもホームページの更新ができるように、ノートパソコンを1台買いました。NECのLaVie
Mです。(クルーソーCPU搭載じゃないやつ)。20万円也の出費です。(^^;
[2000年11月12日]
この一週間は、なぜか立て続けにいろんな人が訪ねてきました。以前勤めていた会社の後輩Iくん、大学時代から知り合いだった友人のNさん、日本各地の島を巡っているフリーライターのSさん。海に出たり、山に行ったり、僕も一緒に遊ばせていただきました。Iくんとはカヌーに乗ったり、船で沖に出てタイを釣ったり(2時間くらいで20匹くらい釣りました!)、Nさんとは行者様まで歩いて登ったり、あらためて祝島の自然を満喫した一週間でありました。また、Sさんとは、「みさき旅館」で夜12時まで島おこしの話で盛り上がりました。Sさんから伺った、日本各地の島々での取り組みの話は大変参考になりました。
原発の話さえなければ、本当に日本中に誇れる自然と人情にあふれる祝島であり上関町であるのに、原発計画のために20年近くも要らない労力を費やし、過疎化は進み、町おこしは進まず...と思うと、歯がゆくてなりません。早くまともな町おこし・島おこしができるような状況になって欲しいと思うし、そうなるようにみんなで努力しましょう。学習発表会での子供達からの21世紀の祝島への熱いメッセージを聞いていて、グッとくるものがありました。
[2000年10月3日]
今日、アクセス数が2万人を突破しました。アクセス数0から1万人までには3年かかりましたが、1万人から2万人はなんと7ヶ月で達成してしまいました。見てくれた皆さん、どうもありがとうございました。これからも、祝島から旬の話題をお送りできるようにがんばりたいと思います。
さて、今年は神舞が開催されたこともあり、祝島がずいぶんメディアに登場しました。私もお陰様でラジオとテレビに出演させていただきました。また、先日もFM富士で祝島の「びわ茶」が放送されたようです。パーソナリティの方の話によると、祝島の「びわ茶」を東京・原宿の自然食品ショップで買ったのだそうです。今週末には旅行雑誌「るるぶ」の編集の方が取材にこられることになっています。祝島がだんだんメジャーになりつつあるのが、なんとなくうれしいですね。
[2000年8月21日]
2000年の神舞が終わりました。今年の神舞は、帰省客も観光客も報道陣も多く、大変盛り上がった神舞だったと思います。子供の頃の神舞は遊ぶだけ、中学校を卒業してからは島に帰ってくるお客さんとして神舞を見るだけだった私にとっては、初めて神舞を作る側に回ったことで、島の人と一緒に準備の手伝いをしてきたので、今までにない充実感と心地よい疲労感が残っています。
人口700人の小さな島でこれだけのビッグイベントを開催するには、島の人々が力を合わせないとできないし、それだけの底力とバイタリティが祝島にあることを実感しました。千年以上も昔から神舞という祭りによって、祝島の島民は全員が一丸になれる機会を与えられ、その大切さを感じてきたのではないでしょうか。
成功裏に終わった今年の神舞ですが、問題が無い訳ではなく、2つの大きな問題点を抱えています。一つは高齢化の問題です。神舞の準備や運営には、かなりの体力が必要です。今回の神舞でも御老体にむち打って準備や運営に参加された方も多いです。次回、4年後には、どれだけ動けるかはわかりません。まして、その後を考えると、準備や運営に帰省客なども参加するような体制を作らないと、この伝統行事を守ることは難しいと思います。それから、もう一つの問題点は、原発問題です。今回も推進派の方たちは参加できませんでした。神舞は原発の賛成・反対には関係なく、祝島に住む全ての人が参加すべきです。全島民が一丸となったとき、今回よりもさらに素晴らしい神舞が実現できると思います。逆に考えると、神舞は祝島の地域社会の分裂状態を解消できる絶好のチャンスです。今回、そのチャンスを生かせなかったことは、とても残念でした。4年後には本当の意味で島民が一丸となった神舞を実現して欲しいし、私もそうできるように努力したいと思います。
[2000年8月14日]
神舞まであと2日となりました。ここのところ、神舞の準備等で忙しい毎日です。帰省客の皆さんもたくさん帰って来て、島はずいぶん賑やかになっています。明日にはさらに大勢の方が帰ってこられることでしょう。私も入船・出船に櫂伝馬を漕ぐことになりました。本番で漕ぐのは、中学校3年生の時以来、じつに24年ぶりのことで楽しみです。(^^)v
今日から盆おどりも始まっています。今、水産科広場に立てられた盆山から太鼓の音と「盆くどき」が響いています。
[2000年7月26日]
先週から今週にかけて、久しぶりに東京に行って来ました。屋内や電車の冷房と外の暑さの温度差が激しく、おまけに帰りの新幹線の冷房が効きすぎていて、夏風邪を引いてしまいました。祝島で扇風機だけの生活をしている方がやっぱり健康的ですね。
また、都会ではちょっと用事で出かけようとすると、駅まで長時間歩いたうえに、混んだ電車で数10分立ち放し。祝島なら2〜3分歩けば、だいたいの用事は済んでしまいます。ちょっとした買い物でもインターネットで安いのを探して注文すれば、早ければ翌日には祝島に届きます。なんだか東京より祝島の方が、ずっと便利な気がします。(^^)
さて、神舞まであと20日になりました。多くの方から「早く載せろ!」とせかされていたお盆・神舞期間中の船便運航ダイヤを掲載しました。帰省の際に参考にして下さい。皆さん、夏風邪など引かないように、元気な顔で祝島に帰ってきてくださいね!
[2000年6月1日]
いよいよWebショップ「祝島特産品市場」がオープンしました。このWebショップを立ち上げるまでに、それぞれの製造元の皆さんにはいろいろなお話を聞かせていただき、大変勉強になりました。特に、産直グループの林のおばちゃんと話してると、これからこんなことをやりたいと言うアイデアが次から次に出てきて、とても盛り上がりました。これらのアイデアが実現するよう、やれることから一つ一つやっていきたいと考えています。それにしても、人材がもっと欲しいですね。皆さん、島に帰ってきて下さい!今ならまだ島にも動ける人が多いですが、あと5年10年たつとどうなるか分からないですよー!
[2000年5月20日]
前々からトップページにつけようと思っていた「神舞までのカウントダウン」プログラムがやっとできました。計算させてみると、あと88日。もう3ヶ月を切りました。準備も急ピッチで進んでいます。
[2000年5月5日]
5月4日、萩往還マラニック大会に行ってきました。35kmの部に出場し、4時間32分で今年も無事にゴールしました。萩往還は、長州藩が萩と三田尻の間を結ぶ街道として開いた全長約53kmの街道です。吉田松陰や高杉晋作など、維新のヒーロー達もこの道を何度も駆け抜けたことでしょう。マラニックとはマラソンとピクニックを掛け合わせた言葉です。歴史の息吹を感じながら、のんびり走り(または歩き)ます。のんびりとは言っても、かなりの山道なので、コースとしてはとてもハードなコースです。種目は歩け歩けの部は35kmと60km、マラニックの部は35km、70km、140km、250kmという超長丁場です。250kmの制限時間は48時間です。いつか挑戦してみたいという気も、ちょっとするのですが、35kmを走り終わる頃には、とてもじゃないけどこれ以上長い距離は走りたくないという気持ちの方が断然強くなっています。35kmでも並のフルマラソンよりハードだし、時間もかかります。35kmのスタートは山口の瑠璃光寺、ゴールは萩城跡です。楽しみは、コース途中の名物・佐々並の豆腐と明木の饅頭です。これを食べるために走ってるようなものですね。
[2000年3月25日]
オーストラリアから帰ってきました。9月に開催されるシドニーオリンピックのメイン会場なども見てきました。エアーズロックで夜に見たマゼラン星雲には感動しました。ついつい、帰りにヨドバシカメラで天体望遠鏡を買ってしまいました。そのうち祝島で撮影した天体写真(といっても安いヤツなので、撮影できるのは月くらいかな?)も掲載しますね。
ところで、祝島に帰ってきたら電話代やら年金やら健康保険やらの支払いがいっぱいたまっていました。特に、国民健康保険の3ヶ月分の支払い(なんと15万円!)には、大ショックでした。思わず、役場の藤本さんに「この金額、何かの間違いでは?」って確認してしまいました。藤本さんが上関の役場に電話してくれましたが、担当者に「間違いありません。ほとんど最高金額を納めていただくことになりますね。」と冷たく言われました。4月からも下がることは考えられません。トホホ...。藤本さんからは「あんた、独身じゃけえ高いんよ。早よう結婚しんさい。」と、けしかけられるし。う〜む、まったく困った。
祝島弁の方は、いろいろ出てきてますねー。しかし、どれもこれも意味を説明するのが、なかなかむつかしいですね。もうちょっとしたら、一つのコーナーにまとめたいと思っています。
※オーストラリア旅行に興味のある方は、「オーストラリア旅日記」も見て下さい。
[2000年3月3日]
3月に入って、春らしい日が続いています。ここのところ海もとても穏やかです。
ところで、明日から、しばらく旅に出ますので、ホームページの更新が出来なくなります。楽しみにしてくれている皆さんには申し訳ないのですが、ご容赦下さい。
大阪 → シドニー → エアーズロック → パース → 東京と旅して、3月23日頃に祝島に帰ってくる予定です。(一人旅なので、現地で話が通じるかイマイチ不安。)それぞれの場所でそれぞれの目的があるのですが、一番楽しみなのはエアーズロックで朝日と夕日を見ることですね。もちろん登ることも。それからシドニーはオリンピックに向けて、街をよーく見てきます(オリンピックのTV観戦のためですけど..)。パースでは昨年お世話になった方々との再会ができればいいなぁと思っています。東京ではランニング学会っていうマイナーな学会に出席します。そんな学会があるの?って思う方がほとんどだと思いますが、あるんです。この学会の楽しみはなんといっても懇親会ですね(^^;。宇佐美さんなど往年の名ランナーも出席されるはずです。
ということで、次にホームページの更新が出来るのは、桜の開花の頃になります。それから、帰国後にホームページに新コーナー「21世紀に残したい祝島弁」(仮称)を作ろうと思っています。ホームページの更新が出来ない間、「井戸端会議」の方に祝島弁をたくさん書き込んで盛り上がっていてくれれば幸いです。
[2000年2月23日]
昨日、「祝島ホームページ」のアクセスカウンタがついに10000人を突破しました!! ホームページ開設以来、およそ3年での達成となりました。当初はこれほど多くの方に見ていただけるようになるとは思っておりませんでしたが、いろいろと協力してくれた皆さんのおかげでここまでやってこれたと思います。また、アクセスカウンタの数字の伸びを見ていると、最近1年間でのパソコンとインターネットの普及状況をしっかり反映しているようですね。これからもよろしくお願いします。(^^)
奇しくも、この日、原発計画では初めて地元知事の要請による計画白紙撤回(三重県・芦浜原発計画)というニュースが入ってきました。中部電力の太田社長は「物理的には建設可能でも、社会的な問題があった。地元には賛成、反対の両論があり、計画が地元に影響を与えたことは私も申し訳なく思っている。」と述べました。中国電力の社長が上関原発計画に対して、同じような発言をする日が1日も早くやってくることを願っています。
[2000年2月19日]
一昨日、役場に行って、藤本さんから祝島の住宅地図をいただきました。少し時間がかかるとは思いますが、これを元にして「祝島散策マップ」でも作ってみようかと思っています。
役場に行ったついでに、祝島公民館の図書室(実際には「図書室」と書かれている部屋には本は置いて無くて、別の部屋に置いてありましたが...)を見せてもらいました。祝島の公民館に備え付けの本と、巡回図書っていう1ヶ月ごとに町内を巡回する本とがあるようです。半分は子供向けの本で、私の興味のあるような本は少ししかありませんでした。
現状では本を借りにくる人は少ないようですが、島には本屋さんもないのですから、もっと充実させて、新刊なんかも入れるべきではないかと考えています。とりあえず、私もちょいとお役に立とうと思い、引っ越しで持ち帰った自宅の本を整理して、ダンボール1箱分くらいを寄付用に準備しました。でも、たしか本棚も足りてなかったような気がします...。
[2000年2月18日]
原発関連トピックスに報道各社の記事をまとめて掲載していましたが、この数日間の間に、各社から掲載を中止するように求めるメールが届きました。著作権の問題もありますので各社の要請に従って掲載は中止しました。基本的に各報道機関のホームページでは、1週間を経過すると見られなくなるために(過去の記事を検索できる会社もありますが)、このホームページに見やすくスクラップしておいたのですが、残念ながらそれはできなくなりました。
それにしても、不思議なのは、今まで何も言ってこなかったのに、ここにきて相次いで掲載中止を求める要請が届いたことです。もしかして、誰かが横槍を入れてきたのではないかと勘ぐってしまいますが、まあ、そんなことは気にせず、これからも自分に出来ることをやっていこうと思います。
[2000年2月11日]
4年前から祝島の絵を描き続けている、防府市在住の針間さんが、今日訪ねてこられました。針間さんは昨年7月に、祝島をテーマにした絵画展「少年の島」展を山口市で開かれました。今回は新しい作品を描くための取材で、島のあちこちを写真に撮って帰られました。「祝島をテーマにした絵本を作りたい」と夢を語ってくれた針間さん、どんな作品が出来上がるか期待しましょう。今年の神舞のときに祝島で展示会を、という話もあるようですが、こちらは輸送の問題があり(絵はかなりでっかいのです)、まだどうなるかわからないようです。でも実現して欲しいですね。私もできる限り協力したいと思っています。
「祝島ホームページ」でも近々、針間さんの作品を何点か紹介したいと思いますので、お楽しみに! それから、室津のキップ売り場に針間さんの作品が飾られていますので、室津から定期船に乗られる方はぜひ御覧になって下さい。 (写真の左側が針間さん)
[2000年2月9日]
定期船が「いわい」に替わってから速くなったおかげで、ずいぶん便利になったような気がします。私は室津に駐車場を借りて車を置いているのですが、今週月曜日に昼便で島を出て、室津→上関役場→平生警察署→柳井デオデオ→室津と廻り、夕方の便で島に帰りました。昼便が室津に着くのが13:10で、夕方の便が室津を出るのが16:00ですから、この間、およそ3時間あるので、車があればずいぶんいろんなことができます。(^^)
2月5日にNHK・BS1でBS討論「見直しは万全か・原子力の安全管理」という番組がありました。が、なんと議論の中心となるべき科学技術庁と原子力安全委員会からは、NHKから出演依頼を受けたにもかかわらず誰も出席しませんでした。欠席の理由が、「臨界事故後の対応で忙しい」とか、「担当者が海外出張中のため」という、まったくあきれた理由でした。今後の安全管理をどのようにするのかを国民に明らかにしなければいけない当事者がこんなことですから、日本の原子力安全管理がいかにいい加減なものであるかが分かります。
さらに、番組の中では、原子力安全委員会という組織そのものについて次のような問題が指摘されていました。
(1)ほとんどが他の組織との兼務者であり、片手間にやっている。
(2)メンバーの大部分が原発推進者で構成されている。
(3)人数面でも、予算面でも弱体である。
20年前から新規の原発建設を一切中止しているアメリカですら、原子力施設の安全をチェックする機構に2000人以上が従事しているとのことです。これに対して日本では、今回の臨界事故をふまえて安全チェックの人員を増員するとのことですが、増員したとしても、ようやく100人体制になるのだそうです。なんとも情けない話です。
[2000年2月5日]
ようやく島での生活も落ち着いてきました。ときどき帰省していたとはいっても、長期に渡る生活は中学校を卒業して以来ですので、意外と知らないことが多いんです。近々、島での生活の様子を紹介するコーナーを作ろうと考えています。参考にして、ぜひ皆さんも祝島に戻ってきて下さい。待ってます。(^^)
私の場合は、まずジョギングコースの開拓をしなければなりません。といっても、これは簡単。三浦までの海岸往復コースがすぐに思い浮かびます。さっそく走ってみましたが、家から道が途切れるところまで往復してきて、ちょうど1時間です。たぶん距離にすると10キロくらいでしょう。この道は何年か前の台風で壊れたおかげで、すごくいい道路になっています。でも、防波堤がずっとついているので、以前のように景色はよくありません。走っていると海は見えますが、海岸は直接見えなくなっています。まあ、以前は狭い道路からすぐ海岸だったので、よそ見をしていると、足を踏み外して海岸の岩場に真っ逆さまに落ちるおそれがありましたけど...。
それから、行者様に登る道も走ってみました。景色は抜群ですが、この道はブチきついです。中学生の頃、学校の上のテーラー道をよく走らされましたが、あの当時を思い出しました。
[2000年1月29日]
25日に荷物と一緒に貨物船に乗って祝島に帰ってきました。定期船で帰るのと違って感慨深いものがありました。25日は引っ越し荷物を船に積み込んだり下ろしたり、とっても大変でした。「なにょうこがいにもって戻ったんか!」と手伝ってくれた人たちにさんざん文句を言われながらも引っ越し作業は順調に終わり、とりあえず必要な物は全部出して、ようやく落ち着きを取り戻そうとしています。(まだ開けていないダンボール箱もたくさんありますが...)
26日にはISDN回線工事も終わり、さてインターネットにアクセスしようと思ったら、ターミナルアダプタやパソコンの設定などがなかなかうまくいかず、四苦八苦しました。昨日、NTTやNECに電話しまくって、ようやくインターネットにもアクセスできるようになりました。やれやれといったところです。
ところで、祝島に帰ってきて、何よりなのは毎日新鮮な魚が食べられることです。最近はサヨリ(祝島ではサエルと呼びます)の最盛期で、さしみにしても、吸い物にしても、焼き魚にしても、ブチ美味い!です。(^^)
[2000年1月21日]
昨日、柳井のハローワークに行って来ました。雇用保険受給者の説明会に出席したのですが、不況のせいで会議室は満員。変な表現ですが、熱気でムンムンしていました。
その後、下松の伯父さんのところに立ち寄って、徳山から東京行きの夜行バスで帰ってきたのですが、関ヶ原付近の雪のため、高速道路上で数時間の足止めを食ってしまい、やっと抜けたと思ったら今度は事故渋滞で、東京に着いたのはなんと今日の午後3時過ぎでした。予定より7時間の遅れ。大変な目に遭いました。おかげで引っ越しの準備が進んでいません。23日にトラックに積み込むので、明日が勝負です。
ところで、祝島への引っ越しは思っていたより大変です。さすがにクロネコヤマトも引っ越し便では祝島までは運んでくれないようで、結局、上関までトラックに行ってもらい、そこからは自分で貨物船を一隻チャーターしました。25日に船に積み込み、祝島に陸揚げです。この日に海が荒れないことを祈る心境です。
[2000年1月11日]
明けましておめでとうございます。いよいよ2000年の幕開けですね。
2000年という区切りの年、私にとってはまさに新たな出発の年です。1月4日の仕事始めの日に、2000年最初の転入者を目指して気合いを入れて役場に行きましたが、なんと書類上は1999年最後の転入者ということになってしまいました。(^^;
祝島のお正月は相変わらず静かでした。今年は夏に神舞があるということで、お正月に帰ってきた人は少なかったようですね。
新しい定期船「いわい」には初めて乗りましたが、なかなか良いですよ。年末年始は海も穏やかで快適な船旅でした。音も静かで、なんといってもスピードが上がったのがGOODです! 「わかしお」のときは柳井港で乗り遅れてもタクシーを飛ばせば室津で船に追いつけましたが、これからはそうはいきそうにありません。
そうそう、2000年といえば「2000年問題」。幸い大きな事故や混乱もなく無事に乗り切りましたね。でも、原発など原子力関連施設では、いくつか問題が発生していたようです。幸い事故にはなりませんでしたが、安全管理上かなりやばい問題もあったようで、ますます「原発は危険なもの」という印象を強めてしまいました。諸外国では原発廃止に向かっていく中、日本だけがいつまでも莫大な金(私たちが払う税金や電気料金)をつぎ込んで原発を推進することはできなくなっていくでしょう。世界の情勢で見ると、原子力産業はもはや斜陽産業で若い技術者も少なくなっています。電力の自由化が本格化すると、コスト問題が一気に吹き出してくるでしょう。東海村の臨界事故もコストダウンの果てに起こった事故。ガス会社などの新規参入組に対抗するためには、電力会社は今よりさらにコストダウンをすすめる必要があり、原発および関連施設はますます危険なものになっていく可能性もあります。原子力推進につぎ込んでいるお金を、太陽熱や風力などのクリーンエネルギーの普及のためにかけた方が、よほど将来のためになると思うのですが。
原発の話になりましたので、この際書いてしまいますが、1月2日に島内で「原発反対デモ」がありました。私は原発反対デモを行うこと自体には反対ではありませんし、外に向かって大いにアピールするべきだと思っています。しかし、祝島で行われているような個人攻撃のデモには絶対反対です。この個人攻撃デモが、今の祝島の状況を作り出した元凶であり、これが続く限り祝島は元のようには戻らないと思います。個人に浴びせる罵声はかつてほどの勢いはなくなったものの、相変わらず個人攻撃を続けていることには変わりなく、私はとても残念な思いでデモの声を聞いていました。リーダーの方には、デモのやり方を再考して欲しいと思います。
今年は神舞の年です。島が一つになるには絶好のチャンスです。ぜひとも今年の神舞は、島内全員が参加できるようにしたいものです。
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