1997年〜1999年
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['99年12月27日]
12/24についに14年半勤めた会社を辞めました。その前後は退職手続きや仕事の引継ぎ、飲み会、家の片づけなどで目の回るような日々でした。会社を辞めるのも大変なエネルギーが必要ですね..。
今日、小田原市役所に転出届を出し、今年中にやらなきゃいけないことも、ようやく一段落しました。(年賀状書きはまだ残ってますが...) 来年早々に祝島の役場で転入手続きをし、2000年代の上関町への転入一番乗りを目指します。
1999年ももうすぐ終わり、いよいよ2000年を迎えます。この1年間、「祝島ホームページ」をご愛顧いただき、ありがとうございました。来年からは、私自身もこのホームページも新たなフェーズに突入することになります。これからも応援よろしくお願いします。
['99年11月30日]
11/20の「祝島同窓会」の席でも、もうすぐ会社を辞めるかもしれないという話をしたが、今年いっぱいで辞めることにした。正確に言うと12月24日のクリスマスイブに今の会社を辞めることになる。
このホームページを開設してからというもの、いつも祝島のことが気にかかっていた。来年はちょうど神舞の年だし、人生もちょうど半分くらいのところまで来たし、西暦もちょうど2000年だし、再び祝島からスタートするのも悪くないな、と思っている。幸いにして(本心ではちっとも幸いではないが..)独身の身軽さもあり、あてがあるわけでもないのに「まあ、なんとかなるだろう」という、持ち前の気軽さで決めてしまった。どうも初めて100キロを走って以来、「まさか自分には出来ないと思っていても、やってみるとなんとかなるもんだ」という気持ちが強くて困る。でも、実際にはいろいろな人の助けがあってなんとかなっているんだということもわかっているつもりだ。きっとこれからも、いろいろな人に助けられながら生きていくのだろう。
['99年9月30日]
「祝島人交流会 in 関西」の参加表明者が15名を越えました。高齢化の進む祝島を盛り上げていくには我々祝島出身者が連携して、祝島に貢献することが必要だと思い、今回の交流会を企画しました。「どーしょーかのー」と思ってる方、是非ご参加ください。もしかしたらここから何かが始まるかもしれません。
['99年8月28日]
最近4ヶ月くらいの間、ホームページのアクセス数がずいぶん増えたような気がします。それだけ見ていただく人が増えたということで、大変うれしく思っています。その期待に応えねばと思いつつも、他にもやりたい事がいろいろあったりして、なんでこんなに時間が足りないのだろうとつくづく感じています。
祝島に帰ったときのゆったりとした時の流れと、普段の生活の激流のような時間の流れのギャップはいったい何なんでしょうか?
['99年5月30日]
Niftyのホームページサービスが、知らない間に容量10MBに拡大されていました。いままで5MBの壁のため新しい情報を載せるのに四苦八苦していましたが、これでしばらくは安心して新しい情報を掲載できそうです。
['99年3月7日]
今年に入ってからすごく忙しくて、なかなかホームページに手を加えられませんでしたが、今日やっとまとまった時間が取れたので、構成を少し変えてみました。まだ中途半端な状況ですが、少しずつ整備して行こうと思います。
暖かくなって、今年も花粉症が出てきました。ここ小田原は近くに山があるので、新鮮な杉花粉がいっぱい飛んできます。困ったものです。
['99年1月7日]
皆さん、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
お正月に祝島に帰ってきて、いろいろな方とお話できました。どの集まりでも共通していたのは、これからの祝島について皆さんが真剣に考えておられると言うことです。これは、原発賛成・反対を問わず、それぞれの立場で真剣に考えておられます。裏を返せば、それ程このままでは危機的な状況であるということでもあります。しかしながら、残念なのはそれぞれの立場のものが意見を交わす機会がないのではないかということです。それぞれがバラバラに議論していても、なかなか打開策は見いだせないのではないでしょうか? 島の人全員、それに島の出身者も協力して進んでいけるような目標と組織作りが必要だと思います。
['98年12月29日]
時の経つのは早いもので、今年ももうすぐ終わりです。楽しかったこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、いろいろとあった一年でした。2000年まであと1年。来年は明るい未来へのステップとなるような一年にしたいと思います。それでは皆さん、よいお年を。
['98年11月11日]
10月30日に放送された「ズームイン朝」で祝島の紹介を見ました。僕の実家のすぐ近くで撮影されていたので、見慣れた風景だったのですが、ああやってテレビで見ると、やっぱり祝島には独特の雰囲気があって、いいですね。
['98年8月6日]
8月1〜3日に、ランナー仲間の合宿で青森に行って来ました。「ねぶた祭」にも”跳人(はねと)”として参加して来ました。最終日にみんなと別れた後で、核燃料サイクル施設の建設が予定されている青森県・六ヶ所村を訪ねてきました。帰りのバス等の時間の関係で、現地にはわずか1時間だけの滞在でしたが、一度見ておくのと一度も見たことがないのでは大違いなので、有意義な視察だったと思います。印象を一言で言うと「豊かな自然の残る過疎の村の中に、国家権力によって、まったく別の次元の街(基地と呼ぶべきか)が作り上げられている。」という印象でした。詳しいレポートは後で「ディスカッション」のページにまとめます。
['98年7月20日]
5月の連休に祝島に帰ったときに、蛭子のおじちゃんから神舞の写真を預かりました。その後ずっと忙しくて、なかなか手が着けられなかったのですが、やっと神舞写真集の拡張作業に取りかかることができました。サーバのディスク容量が限られているので、膨大な写真の中からどの写真を掲載するかを選ぶだけでも大変です。完成予定は8月中旬を予定していますが、果たしてうまくいくでしょうか。昭和40年代の神舞の写真もありますので、皆さんの子供の頃の写真もでてくるかもしれません。お楽しみに。
['98年4月19日]
祝島のお隣の四代小学校がこの3月末をもって休校になりました。3月に6年生2名が卒業し、在校生2名は4月から上関小学校に通学されるとのことです。地域にとって(特に地方では)学校の存在はとても重要な役割を果たしていると思いますので、四代に住んでおられる方たちや四代ご出身の方にとってはとても残念なことだと思います。一方、わが祝島小学校にも今年は新入生は入ってきませんでした。在校生は5名です。なんとかして多くの若者が定住し、子供たちの元気な声があふれている祝島になって欲しいと思いますし、なれるように島の人たちだけでなく、我々祝島の出身者も協力しなければいけないと考えています。
['98年3月11日]
3/9で36才になってしまいました。この歳になると、特にめでたくも無しって感じです。このホームページの方はもうすぐ1才です。こちらはめでたいですね。
['98年1月31日]
昨年からずっと考えていたフレーム対応にやっとできました。ちょっとは見やすくなったでしょうか?
お正月に祝島に帰ってきましたが、祝島の歴史について私たち自身もあまりにも知らないことが多いことに気が付きました、今年は少し研究してみようと思います。「歴史」のページを新たに作りましたので、ご期待ください。また、祝島に関する伝説・言い伝えなど知っている方は、ぜひ教えて下さい。
['97年12月28日]
ホームページの引っ越しが無事に完了し、これで安心して年が越せそうです。97年は個人的にはいろんな出来事があって大変な年でしたが、とても充実した楽しい一年でした。「祝島ホームページ」の開設も今年のビッグイベントの1つでした。幸いにして、多くの方々にご協力いただき、ずいぶん充実したホームページになってきたと思います。来年はより一層内容を充実させていきたいと思っておりますので、引き続きご協力をお願いします。
12/30には4ヶ月半ぶりに祝島に帰省する予定です。
['97年11月23日]
「祝島ホームページ」へのアクセス数がついに1000人を突破しました。当初の予想より多くの方に見ていただき、また各地の新聞でも取り上げていただいたり、思っている以上に反響が大きかったと思います。これからも少しずつ内容を充実させていきたいと思います。
['97年10月31日]
ついに祝島小学校でもインターネットにアクセスできるようになったようです。昨日、祝島小学校の大庭先生や児童の皆さんからメールをいただきました。とても感動しました。これからは祝島小学校の様子も、いろいろとご紹介できると思います。お楽しみに!
10/26に高知県で開催された四万十川ウルトラマラソン(100km)に出場してきました。12時間34分56秒でなんとか完走できました。この大会は地元の方々のボランティアや応援がとてもすばらしく、日本で一番好きな大会です。
['97年9月20日]
最近、教員研修でグアムに在住している祝島小学校の岡本先生や、祝島のすぐ隣の四代小学校の温品先生から電子メールを頂きました。グアムの岡本先生からのメールには「最近パソコンを買って、インターネットに接続したら祝島のホームページがあったので本当にびっくりした」と書かれていました。そのうちグアムでの生活の様子など送っていただけたらと思っています。また、四代小学校の温品先生からは、10月に行われる祝島小学校と四代小学校の集合学習の様子を送っていただけることになっています。とても楽しみにしています。
['97年8月30日]
お盆に帰省した後すぐにアメリカに行っていたので、やっとデータを更新することができました。写真がだいぶ増えたので、フォトグラフのページとして独立させました。
アメリカではオレゴン州で開催された世界最大の駅伝 Hood to Coast Relay
に出場してきました。全長300Kmを車で移動しながら12人でリレーする壮大な規模の駅伝です。山あり、大草原あり、ハイウェイあり、街中ありのとても楽しい大会でした。結果は27時間19分33秒で無事に完走しました。(詳しいレポートはこちらを見て下さい)
['97年8月11日]
8/12〜8/16の予定で祝島に帰省します。今年は骨折しているので、泳いだり潜ったりできないのが残念ですが、新鮮な情報や写真を仕入れてくるつもりです。
['97年7月29日]
この日曜日、トライアスロンのバイクトレーニング中に転倒して鎖骨を骨折してしまいました。これで8/10に予定していた大会への出場は出来なくなってしまいました。夏休みで海や山、あるいは旅行に出かけることが多いと思いますが、皆さんくれぐれも事故には気を付けて下さいね。
祝島中学校の木村先生から修学旅行や野外活動の写真や学級新聞を送っていただきました。近々ホームページに掲載しますのでお楽しみに!
['97年7月14日]
先日、上関原発問題について、ある大学生の方からメールをいただきました。大学のレポートで原発問題を取り上げたとのことで、このホームページも参考にされたとのことでした。このような若い方に興味をもっていただけると、私としてもやり甲斐があります。
['97年6月30日]
昨日は今年2個目の台風が通り過ぎていきました。ちょうど祝島の上あたりを通過したようですが、さほどの被害もなかったようでひと安心です。子供の頃、島で体験した台風と、現在、街で体験する台風はずいぶん違うような気がします。当時、台風が来るといったら一大イベントで、前日にはどの家でもすべての窓や入口に板を打ち付ける作業のため、トントンカンカン賑やかなものでした。船は被害に遭わないように、道路まで引き上げたりしていました。そして、台風が来ると決まって停電になっていました。近所のおばさんたちも集まって、ろうそくの火をたよりに、吹き付ける強風にじっと耐えたものです。当時、まだ子供だった自分は、普段と違う体験に結構ワクワクしていました。(学校が休みになるかもしれないという期待もありましたが..。)そして、台風が通り過ぎた後は、屋根に上がってアンテナに水をかけます。これは打ち上げられた波しぶきが雨のように降ってくるため、アンテナに塩水がついてTVが映らなくなってしまうためです。島の台風は強烈で、アルミの雨戸などは風でひん曲がってぶっ飛んで行ってしまったり、あまり役に立ちませんでした。石積みの壁はそのような風土の中で生み出されたものなのでしょう。
['97年6月16日]
アクセスカウンタを付けてから3週間で100名を突破しました。思っていたよりも多くの方が見てくれているんだなーと思います。こまめに更新しようと思いつつもちょっと怠けている今日このごろですが、とりあえずタイトルページだけちょっといじってみました。JavaScriptとやらも使ってみました。そのうち暇があったらJavaの勉強でもしようかと思います。
私事ですが、この夏にはトライアスロンに初挑戦するつもりです。そのうち祝島でもこういうスポーツイベントが開けたらいいなーなどと思っています。
みなさんこんにちは。「祝島ホームページ」をご覧いただきありがとうございます。このホームページの作成者の国弘秀人と申します。
私の故郷の祝島は、瀬戸内海に浮かぶ小さな島です。ここには今でも豊かな自然と暖かい人々の心が残っています。しかし、一方で原発問題をはじめ高齢化や過疎化などの問題を抱えています。このホームページは少しでも島の発展に貢献できればという想いで、祝島出身の有志の協力を得て開設しました。このホームページをご覧になって、多くの方に祝島について関心を持っていただければ幸いです。('97年3月)
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